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2016.09.14 Wednesday

グラフィックデザイナー 佐藤晃一さん

 

今日、雑誌の『アイデア』の最新号の案内メールが来て、

『特集:佐藤晃一の自由研究』とあり、表紙にかつて見て感動した

懐かしい佐藤先生のあの箱に入った魚のビジュアルがあり、

あ、 佐藤晃一さんの特集だ、へ〜と見ていたら、なんと追悼の特集だった。

ちっとも知らずにいた。今年の5月に肺炎で亡くなっていただなんて。

71歳でした。

 

 

実は今はなき、小さなデザイン学校の時のグラフィックの先生でした。

(先生が多摩美術大学で教えるよりも前の時代)

 

頭の回転が良くて、センスが良くて、デザインの閃きが冴えていて・・・。

ちょうど、その時に日本的なモチーフで、グラデーションを多用した

独特の色彩のポスターや作品を作り出していた時期だったと思う。

その頃は、横尾忠則氏もインド的な色彩豊かな精神世界のポスターを

世に送りだしていて、何か色彩的に共通するものを感じていた。

 

佐藤晃一さんは東京芸術大を卒業後、あの資生堂宣伝部を経て独立。

多数の作品が海外の有名美術館に収蔵されている。

 

先生は、その頃は文京区に事務所を構えていて、

同級の女の子と一緒に遊びに行くと、丁寧に今やってる仕事や

作品を説明しながら見せてくれた記憶がある。

 

卒業してからも、友人の入間にある元米軍ハウスの家にての集まりに

佐藤先生もいらしゃっていて、ビートルズが好きで、確かビートルズの曲を

ストローにタバコの火で穴を開けてうまく音階を作り、

吹いてたんじゃなかったかな〜 あ、それは違う先生だっけな〜?

 

その頃のデザイン学校の先生はとてもいかしている人が多く、

地下の教室にステレオを持ち込み、すごい大音量でフランクザッパの曲をかけ、

それが授業というのもあった。なんのデザインだったのかな?

 

 

 

あの頃はとても自由で楽しかったな〜

と、おじさんのぼやきなり。

 

それにしても

安西水丸さんといい、佐藤晃一さんといい、

まだまだ活躍する人がいなくなるのは寂しいです。

ご冥福を祈ります。

 

kinoko

 

 

 

2017.10.20 Friday

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